
呼吸器グループ
手掌多汗症は緊張など脳にストレスが加わることにより手のひらに過剰な汗をかく疾患です。体温調節や運動とは関係なく発汗するいっぽう、入眠中には発汗が停止するといった特徴があります。原因、発汗メカニズムの詳細は不明な点がおおく、発汗の作用機序も個人差がある疾患です。年齢としては若年(10代)から症状を自覚されることが多いですが、年齢をとるにつれて症状がある程度自然軽快する方もおられます。
重症度もさまざまです。緊張した際に多少の手汗をかくことは誰にでもあることです。治療対象とするのは、発汗量がきわめて多く(したたる程度)、生活や仕事に大きな支障があると判断される場合です。
治療はまずは皮膚科での外用薬(塩化アルミニウムなど)、イオンフォトフェレーシス(微弱電流治療)、内服薬(プロパンテリン、抗コリン作動薬など)、ボツリヌス療法などの手掌の汗腺に対する治療から行います。これらによっても満足の得られる効果が得られない場合、呼吸器外科での胸部交感神経節切除術(保険適応)が検討される場合があります。
メカニズムは未だ明確にされていない点があり、個人差もあると考えられていますが、以下の発汗刺激の伝達路が関与していると考えられています。
①脳(延髄)からの発汗刺激が脊髄を下降
②脊髄から分岐する第2~6肋間神経(交感神経節前線維)を経由して胸部で交差する各胸部交感神経幹(神経節)に伝達
③胸部交感神経幹を介して、胸部交感神経節後線維が星状神経節(頸のあたり)に到達
④星状神経節を介して手に発汗信号を伝達→多量発汗
以上のルートのうち比較的安全にアプローチしやすい②胸部交感神経において発汗信号が星状神経節に到達しないよう外科的に遮断することが手術の目的となります。当科では、多くの患者さんで発汗の伝達を担うと考えられる第2〜6肋骨レベルの胸部交感神経節を胸腔鏡下手術で確実に切除する手術を行なっています。
胸部交感神経線維を第4肋骨前後のレベルで1箇所切断する方法が実施される場合があります。しかし、1箇所で遮断すると、それより下のレベルで脊髄から交感神経節に侵入してくる発汗信号が下位の交感神経節(腰部交感神経節など)に向かい、体幹部、臀部、足の代償性発汗のリスクが高まると考えられます。
上記のとおり、複数の高さの肋間神経(多くの場合で第2~6肋骨レベル、ただし手掌に関与する神経節レベルには個人差あり)を経由して胸部交感神経に発汗信号が向かいますので、当科ではこれらを遮断するために、第2~6肋骨レベルの胸部交感神経節を切除しています。この方法では、星状神経節へむかう発汗信号を遮断するのみではなく、そもそも脊髄から交感神経幹自体に向かう発汗信号をある程度網羅的に遮断することを目的とします。これにより、体幹部・下肢への発汗信号の増強も同時に抑制し、代償性発汗を起こしにくい状況とします。
・外来にて、レントゲン、血液検査、心電図、呼吸機能検査、麻酔科受診が必要です。
・手術前日に入院
・全身麻酔下手術になります。
・右または左の片方の手術となります。
・側胸部(脇の下)に約2.5cmの皮膚切開が必要です。
・胸腔鏡(内視鏡)併用下で、肺をよけて胸腔内を走行する交感神経を第2~6肋骨レベルで切除します。
・止血を確認して、ドレーン(管)を胸腔内にいれて傷を閉じます。
・手術後、出血や肺からの空気もれなどなければドレーンを抜去します。
・ドレーン抜去翌日のレントゲンで異常がなければ退院となります。当科では合併症などなければ通常術後2-3日で退院(入院期間4-5日)していただくことが多いです。
手術は保険診療で実施可能です。当科では、治療効果、副作用、満足度の確認を行って対側の治療適応を判断するため、片側ずつの手術とさせていただいております。両側の手術を希望される場合、対側手術は片方実施後最低数ヶ月程度の経過を見てからの実施の判断とさせていただいております。
発汗信号の伝達路には個人差があり、可能性が高いわけではないですが、同様の手術を行っても効果が不十分となったり、想定外の副作用や合併症がでるかたもおられます。また胸腔内を操作する手術であり、出血や肺損傷の可能性などがある決して無リスクな治療ではありません。当科では、大学病院として慎重な手術適応判断、安全を重視した入院治療計画を提案させていただいております。